ほとけさまのお悩み相談室

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岡本一志先生の待望の新刊「ほとけさまが伝えたかったこと」
岡本一志先生の待望の新刊「ほとけさまが伝えたかったこと」

他人から非難されたことがショックで立ち直れません


Q. お悩み

SNSでひどく批判されたことがあり、立ち直れずにいます。
見ず知らずの人なのだから無視すればいいのは分かっているのですが、気がつくとクヨクヨしている自分がいます。どう考えていけばいいでしょうか。

A. お答え

人は自分の都合のよしあしで評価する

とんち話で有名な、かの一休(いっきゅう)という僧は、

「今日ほめて明日悪く言う人の口
泣くも笑うもウソの世の中」

とうたいました。

これは、
「今日までほめていても、明日になるとコロリと評価が変わって、けなし始めるのが人間だ。だから、悪く言われて落ち込んで泣くのも、ほめられて舞い上がるのも、ともにまことのないことなのだよ」
という意味です。

これは私たちの人間の本質を表わした歌といえます。

私たちが、誰かを「あの人はいい人だ、悪い人だ」と評価するのは、結局のところ、自分にとって都合がいいか悪いかを基準に考えてのこと。

自分にとって都合のいいときは、個性的だとか、そこが長所なのだとよく思えます。

ところが、都合が悪くなると、あんな人とは思わなかった、あんな人とは知らなかったとガラリと評価が変わります。

たとえば、職場の上司が、自分にとてもやさしく、多少のミスなら大目に見てくれる人なら、寛大でよい人だと思います。

逆に厳しい人なら、細かく神経質な人だと、やっかいに思うでしょう。

上司がどんな人かということをキチンと見て、いい人・悪い人と決めているわけでなく、自分に優しければいい人、そうでなければ悪い人と、自分の都合で、いい悪いの判断をしています。

感じが悪いなと思っていた人が、優しく接してくれると、「あの人、案外いい人なのよね」と言ったりしますが、これは、「悪い人」だと思っていたけど、自分に優しくしてくれたから、「いい人」に評価が変わったということですね。

学生時代、やさしい試験を出してくれる先生はいい先生、試験が厳しい先生は嫌な先生だとよく言っていましたが、これも自分の都合のよしあしで評価していたということでしょう。

「他人の評価 = あなた自身」ではない

このように、私たちの評価と言うのは、そのときそのときの都合の善し悪しでコロコロかわります。

だから、他人の評価というのは正しいあなたの姿を映しているわけではありません。

悪く思われたからといって、自分はダメだと思って落ち込む必要はありません。
あなたそのものがダメなのでなくて、単にあなたの言動が相手にとって、都合が悪かったにすぎないのです。

逆に、ほめられたからといって、過度に舞い上がるのも危険です。
そのときの都合によって、相手はあなたのことをよく見ているだけだからです。

正しい鏡なら、そこに映った自分をよく見つめなければなりませんが、他人の評価というのは、それぞれの都合で、コロコロ変わるもの。

ああ思われたこう思われたと一喜一憂して、振り回されるのは、無駄な苦労ですよね。

「他人の評価 = あなた自身」ではありません。

人の目が気になったら、他人の評価とは、その人の都合の色メガネで見ているだけでしかないことを思い出して下さい。

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