ほとけさまのお悩み相談室

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心の中で何を思っていても出さなければいいという人がいますが、仏教ではどう教えているのでしょうか?


Q. お悩み

友人と付き合いながら、本人にとても言えないことを心のなかで思っています。この醜い心が自分でもイヤです。でも「思ってるだけならいいでしょ」という心もあります。
仏教ではこういうことについてどう教えられていますか。

A. お答え

心の行ないがあらゆる行動の元になっている

仏教では、私たちの行ないのことを「」といいますが、その行ないは、心と、口と、体の3つによるものに分かれます。

これを「身口意の三業(しんくいのさんごう)」といいますが、この行ないがタネとなって、運命を生み出していると説かれています。

身業(しんごう)」とは、体の行ないのことです。
たとえば、どんなものを食べているのか、適当な運動をしているかという行ないによって、健康になったり、不健康になったりしますね。

口業(くごう)」とは、口の行ないのことです。
口は災いの元といわれるように、人間関係が円滑にいくかどうかは、言葉づかいによるところが多いです。
丁寧な言い方に心がけていると、人間関係もスムーズにいきます。

意業(いごう)」とは心の行ないのことです。
心の中だけでいろいろ思うことも、仏教では行ないだと説かれます。
頭に浮かぶとりとめのないことから、感謝やよろこび、イライラや、怒りの感情も心の行ないです。
その人の考え方や価値観も、心の行ないに入るでしょう。

体と口と心の3つの中で、心の行ないを最も重視するのが、仏教です。

心の行ないは、口や体に表さなければ誰にも分かりません。だから、言葉や行動に出さなければ、何を思っていてもいいだろうと考える人があります。

しかし、仏教では、心と体と口の行ないの中で、心の行ないを一番、重く見ます。

なぜかというと、心の行ないがあらゆる行動の元になっているからなのです。

互いを思いやる心が大切です

イライラしているときは、どうしても、口調も荒くなってしまいます。
あせっているときは、注意力が緩慢になって、ケアレスミスが多くなってしまいます。
ストレスがあると、過食になったり逆に食欲が落ちたりします。

私たちのさまざまな行動のもとは心にあることは、だれでも納得できることでしょう。

また、考え方や価値観によって、日々の行動や生き方が決まります。

行動や生き方が、その人の人生を作っていくのですから、その人の心がどっちを向いているかということは、とても重要なことです。

目に見える言動だけでなく、その時の心の状態や、どうしてそういう言動に至ったのかという自分の考え方を振り返ると、多くの気づきをえることができます。

たとえば、「最近、食べすぎだな、これ以上、食べすぎないようにしよう」と気を付けてもなかなか、思う通りに食べる量をコントロールできないものです。

そういうときは、どうして食べすぎてしまうのだろうか、と自分の心に目を向けてみる。

すると、ストレスがたまっていて、そのストレス発散のために過食がちになってしまっていることに気がつくかもしれません。

そうすれば、食べることではなく、音楽を聴いたりゆっくりお風呂に入ったり、といった別の方法でストレスを発散させようと対策を立てることができますね。

仕事でミスが続いたときも、単に、「気をつけよう」ではなく、どんな心の状態のときに、ミスしてしまうのかをよく自覚すると、ミスを減らすことができます。

「あせると必ず、ミスをしてしまう」という自覚があれば、「今、あせっているから、いつも以上に慎重にチェックしよう」とか、「気持ちが落ち着くまでは、とりあえず行動しない」と対策を立てることができます。

このように、日々の心と口と体の行ないが、タネとなって、幸せ不幸せという運命を生みだしていると教えるのが仏教です。

なかでも、口や体の行ないのもとになる、心の姿をよくよく見つめなさいと教えられているのです。

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