ほとけさまのお悩み相談室

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岡本一志先生の待望の新刊「ほとけさまが伝えたかったこと」
岡本一志先生の待望の新刊「ほとけさまが伝えたかったこと」

これ以上頑張ることができません。途中でやめることはよくないことなのでしょうか?


Q. お悩み

「願い続ければ夢は叶う」と信じてがんばってきましたが、現実を考えると、これ以上がんばり続けるわけにいかないし、がんばれません。

A. お答え

できることはできる、できないことはできない

「あきらめてはいけない、がんばることが大事なんだ」と励まされることがあります。

多くの場合、あきらめずにがんばることは、自分の夢の実現や成功に近づくことになりますから、よいことでしょう。
しかし、人間にはそれぞれ個性があり、得意、不得意があります。
ですから、がんばればできることと、がんばってもできないことがあります。

がんばればできることなら、あきらめてはもったいない。
けれど、できないことを無理してがんばり続けても、苦しいだけではないでしょうか。

「できることはできる、できないことはできない」と物事を正しく見ることが大事だと、お釈迦さまは教えられています。

どうしてもこれ以上は難しい、自分には合わないとあきらかに見たならば、それを認めてやめることも、時には大切です。

こんな話があります。

ある医者が妻子をなくし、世をはかなんで、有名な僧侶に弟子入りを願い出ました。

僧侶は、
「それでは、なんでも私の言うことが聞けるかな」

「はい、なんでも従います」

「よし、それじゃ、そこにあるほうきで庭を掃(は)きなさい」

男は素直に「はい」と答え、一心に庭を掃き続けました。
しかし、いつまでたっても、僧侶はやめろと言いません。

「まだ、掃くんでしょうか」
とたずねると、

「まだ分からんのか」
と怒鳴るだけ。

「何をだろう?」

男は深く考え込みますが、さっぱり分からない。

あたりはもう夕闇に包まれ、ついに男は精根尽き、両手をついて僧侶にたずねました。

「よいか。おまえは精一杯掃き続けているが、掃いても掃いても木の葉が落ちてなくならないだろう。
おまえが仏門に入って、心を浄(きよ)くしようと思うのも同じことだ。
払っても払っても、欲や怒りの心は、尽きはしない。
それよりも、世を捨てた覚悟で、医療で他人を救うのだ」

と言ったといいます。

その男にとって、世を捨て悟りの道を求めるよりも、医者として多くの人を救うことが、仏の心にかなっていると、その僧侶は思ったのでしょう。
だから、できないことを、できないと分からせて、その男の長所を最も活かせる道を示したのです。

「分かる」とは、「分ける」こと

人にはそれぞれ、できることとできないことがあります。

仏教では、

「できるのに、できないと投げ出してしまうのは、『懈怠(けたい)』といい、なまけである。
だが、できないことをできないとあきらかに見ることは『諦観(たいかん)』といい、賢明なことなのだ」

と教えているのです。

物事をあきらかに見て、できることなら、全力で前進する。
できないことなら、それはくやめて、別の道を模索すればいいのです。

「やめてはいけない」と固執する必要はありません。

できないことはできないと正しく見て、柔軟に対応していくことが大事です。

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